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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)793号 判決

原告

阪急電鉄株式会社

右代表者代表取締役

菅井基裕

右訴訟代理人弁護士

小野昌延

松村信夫

被告

阪急電機株式会社

右代表者代表取締役

貫名恒

右訴訟代理人弁護士

加島宏

主文

一  被告は、その営業上の施設または活動に「阪急電機」の表示を使用してはならない。

二  被告は、その所有する看板、広告その他営業表示物件から右表示を抹消せよ。

三  被告は、神戸地方法務局伊丹支局昭和二六年九月一九日付をもってした被告の設立登記のうち「阪急電機株式会社」の商号の抹消登記手続をせよ。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一主文第一ないし第三項同旨

二被告は、原告に対し、金七二〇〇万円及びこれに対する平成四年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一事実関係

1  原告の営業と「阪急」の周知性

原告は、鉄道による一般運輸業を主とし、その他スポーツ・娯楽施設、駐車場、食堂及び売店の経営、写真業、土地建物の売買・賃貸及び建設業、自動車運送業等の多角的な営業目的を有する会社であり、また、原告と親会社・子会社等の資本関係があるか、或いは原告から分離独立した会社又はこれと資本関係がある会社から構成され、多種多様な事業を行なっている企業グループ(以下「阪急グループ」という。)の中核である。

原告の商号の要部ないしその略称である「阪急」という表示(以下「原告表示」という。)は、元来、原告がその商号を「阪神急行電鉄株式会社」と称していたころその略称として用いられ始めたものであるが、以後、同社の発展に伴い、同社又は同社関係会社を示す表示として広く使用されるようになり、遅くとも阪急百貨店が開業した昭和四年には、「阪急」といえば原告及び原告を中核とする阪急グループを指すものとして我が国において広く認識され著名になり、その状態は年を追って増強され現在に至っている。

(〈書証番号略〉、証人糸川博行)

2  被告の営業とその営業表示

被告は、昭和二六年九月一九日、神戸地方法務局伊丹支局において「阪急電機株式会社」の商号(以下「被告商号」という。)で設立登記を了した会社であり、以後、被告商号又はその要部である「阪急電機」(以下「被告表示」という。)を営業表示に使用して、電気工事業を行なっている(〈書証番号略〉、証人貫名繁次)。

二請求

原告は、被告が被告商号及び被告表示を使用する行為が不正競争防止法一条一項二号に該当することを理由に、被告に対し、被告表示の使用禁止及び被告商号の抹消登記手続を求めるとともに、不正競争防止法一条の二第一項に基づき、原告に生じた営業上の損害金七二〇〇万円(本訴提起前三年間に被告が得た利益額相当の営業上の損害金)及びこれに対する平成四年二月八日(訴状送達日の翌日)から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。

三争点

1  被告が営業表示として被告商号又は被告表示を使用する行為は、被告と原告との間に、組織上又は営業上密接な関係があるとの誤認混同を生じさせる行為といえるか。

2  被告は、原告表示が原告の営業表示として広く認識される以前から、善意で被告商号及び被告表示を使用していたか(不正競争防止法二条一項四号該当の有無)。

3  原告の本訴差止請求権は、約四〇年間の不行使により、失効したか。

4  原告に生じた営業上の損害金額。

第三争点に対する判断

一争点1(誤認混同の有無)について

【原告表示と被告表示の類似性】

被告商号「阪急電機株式会社」のうち「電機」及び「株式会社」の部分、被告表示「阪急電機」のうち「電機」の部分は、いずれも会社組織の種類又は営業活動の内容を表わすありふれた語句であるから、被告表示の要部は「阪急」の部分にあり、それは原告表示「阪急」と同一であるから、被告商号及び被告表示が全体として原告の営業表示「阪急」に類似することは明らかである。

【営業活動の誤認混同のおそれ等】

1 当事者の主張

(被告)

(一) 被告は、創業者である貫名繁次(現会長、以下「繁次」という。)が昭和一〇年から個人事業として営んでいた電気機械、ポンプ修理業を前身としており、個人企業としての創業から五七年、会社設立からでも四一年という長期間にわたり、その優秀な技術と繁次の誠実な人柄により電気機械の製作・修理の分野で多くの顧客を獲得し、厚い信用を積み重ねてきている。被告は、現在、兵庫県伊丹市周辺では「貫名の阪急電機」として知られており、被告の営業を原告の営業と混同している者も、被告を阪急グループ企業であると誤認する者もいない。

(二) 被告の営業は電気機械の製作・修理業であり、この営業面において、被告と原告及び阪急グループ企業との間には全く競業関係が存在しないから、一般人が被告の営業を原告ないし阪急グループ企業の営業と誤認混同するおそれはない。

(原告)

(一) 被告の営業は、主として一般家庭及び事業所のポンプの修理、電気器具の修理であり、取引先は必ずしも固定しておらず、電話番号簿等により被告の存在を知り、直接電話をして修理を依頼する顧客も多い。また、被告の営業地域は、伊丹市を中心に池田市、川西市に及んでいるから、原告及び阪急グループ企業の営業地域と競合している。

(二) 原告は、明治四三年三月ころ電灯電力供給事業の経営を認可されて社内に電灯電力課を設置し、原告経営の電気鉄道沿線地域(以下「阪急沿線」という。)で電灯電力供給事業を行なうとともに、右事業の一環として電球、ラジオ、電熱器具等電気製品の販売・修理業を営んでいた。原告の電灯電力供給事業のうち、電力供給事業は昭和一八年ころ関西電力株式会社に譲渡されたが、電気工事設計及び施工請負等、給排水、衛生冷暖房、空調、防火設備工事の設計並びに施工、請負、電気機械器具及び材料の販売、修理事業等は、阪急グループに属する阪急電気工事株式会社(以下「阪急電気工事」という。)に引き継がれて現在に至っており、被告の営業と阪急グループ企業の営業との間には競業関係がある。

(三) 現在、社会一般に事業の多角化傾向が強まってきているうえ、原告を中心とする阪急グループの事業活動は多角的であることが特徴であるから、被告が原告及び阪急グループの共通の営業表示である原告表示「阪急」を要部とする被告商号及び被告表示を自社の営業表示として使用すると、需要者及び一般消費者に、被告が組織上阪急グループに属する会社であるか、又は被告が原告ないし阪急グループと営業上密接な関連を有する会社であるという誤認、混同を生じさせるおそれがある。

2 判断

(一) 証拠(〈書証番号略〉、証人繁次、同糸川)によれば、被告は、繁次が昭和一〇年ころ伊丹市で開業した電気機械製造、修理店を前身とし、①電気機械及びポンプ製作並びに修繕、②鋳造業及び電気工事を目的として昭和二六年九月一九日設立された会社であり、創業当時は一般家庭・事務所用の電気ポンプ(井戸の水揚げ用)やモーター類の修理等を行なっていたが、現在では、伊丹市周辺の公共団体や機械製作会社、酒造会社等から受注する工場及び施設の電気配線工事、電気機械の製作、修理等を主にしていること、これに対し、阪急電気工事は、その株式の五〇%以上を原告が保有する、阪急グループに属する会社であり、①電気工事設計並びに施工請負、②給排水、衛生、冷暖房、空調、防災設備工事の設計並びに施工請負、③建物付帯設備の管理に関する事業、④施設の警備業務、⑤電気機器販売その他を目的としており、主に阪急グループ企業の電気工事を担当する他、官公庁、関西電力株式会社、建築会社等の電気工事を受注していることが認められる。これによれば、現在、被告と阪急グループに属する阪急電気工事の営業は、特定の顧客先で直接的具体的な競合関係を生じた事例はないとはいうものの、官公庁及び一般企業向けの電気配線工事、電気機械の製作、修理業を行なうという点において営業内容が競合しているということができる。

右事実に加えて、現在、原告を中心とする阪急グループ約三〇〇社が、交通・運輸業をはじめとして、流通、スポーツ施設、娯楽施設(映画・劇場・遊園地)、ホテル、不動産、金融・クレジットに至るまで、サービス業全般にわたり多角的な経営を行なっており、右事実は全国的にも広く認識されていることによれば(前記第二、一1に掲示の各証拠)、被告が原告表示と類似する被告商号及び被告表示を使用して電気工事、修理業を行うことは、需要者(顧客ないしは潜在的顧客。以下同じ。)又は一般消費者に、被告が組織上阪急グループに属する会社であるか、又は、原告ないし阪急グループと業務上密接な関連性がある会社であるという誤認、混同を生じさせるおそれがあるといわざるを得ない。そして、被告の主たる営業地域である伊丹市、池田市及び川西市がいわゆる「阪急沿線」と呼称される地域であり、原告及び阪急グループは、右地域の住宅開発に代表される沿線通勤客へのサービスを基礎に現在の発展を遂げてきたこと(〈書証番号略〉、証人糸川、弁論の全趣旨)を考慮すれば、阪急グループと無関係の被告が被告商号及び被告表示を使用することにより、原告及び阪急グループ企業の営業上の利益が害されるおそれがあるといわざるを得ない。

(二) 被告は、現在、被告が伊丹市周辺で「貫名の阪急電機」という認識を得ているから、被告商号又は被告表示の使用によって、被告と原告ないし阪急グループ企業の営業との間に誤認、混同が生じるおそれはないと主張するが、たとえ、被告がこれまで取引した伊丹市、小西酒造、日本農産工業、栗田工業等の顧客が、専ら被告の電気工事技術及び繁次らとの信頼関係に基づき工事を発注してきたものであり、被告と原告及び阪急グループとの間に組織上又は営業上何らかの関係があるとは考えていないものとしても(〈書証番号略〉、証人繁次)、それによって、電気工事業界に通じていない需要者までが、被告について、原告とは組織上も営業上も無関係の「貫名の阪急電機」であるという認識を有するに至っていると認めるに足りる証拠はなく、かえって、被告が仕事関係の電話に対して、原告と区別する意図で「伊丹の阪急電機です。」と応対していること(証人繁次)、新規に電気工事の発注を考える需要者の中には、電話帳等で電気工事、修理業者の電話番号を調べ、目に止まった業者に仕事を依頼する者も多いことを考慮すると、被告商号又は被告表示の使用により、被告の営業が原告又は阪急グループ企業の営業と誤認、混同されるおそれは高いといわざるを得ず、したがって、右被告主張は採用できない。

二争点2(先使用の有無)について

1  当事者の主張

(被告)

被告が「阪急電機株式会社」という商号で設立登記を了した昭和二六年九月一九日当時、原告はまだ「京阪神急行電鉄株式会社」と称しており(右商号が「阪急電鉄株式会社」に変更されたのは昭和四八年四月である。)、現在のような企業グループも形成されておらず、原告表示が原告及び阪急グループの営業を示すものとして広く認識されていた事実はなかった。

また、繁次は被告会社の商号を定めるに当たり、仕事の上で関係があった阪急百貨店電気主任技術者の高月から「阪急電機にしてはどうか。」という助言を受けて、被告商号を定めたものであり、当時、原告の信用を利用して不当に利益を得ようとする目的などなかった。

(原告)

原告表示は、原告の前身である「箕面有馬電気軌道株式会社」が「阪神急行電鉄株式会社」と商号を変更した大正七年二月ころからその略称として使用されるようになり、その後、原告が鉄道事業の他、百貨店事業や電気電灯事業等多方面にわたって事業を展開するに従い、その事業を表示するものとして周知著名となってきたものであり、遅くとも被告会社設立前には原告の営業表示として広く認識されるに至っていた。

2  判断

(一) 原告は、大正七年二月四日、それまでの「箕面有馬電機軌道株式会社」から「阪神急行電鉄株式会社」に商号を変更し、既に大正一三年ころには鉄道事業について「阪急電車」の略称を使用した広告宣伝(甲陽支線開通予告ポスター)を行なう一方、大阪梅田に「阪急ビルディング」を建設し、同所で大正九年一一月に「阪急直営食堂」を、大正一四年六月に「阪急マーケット」をそれぞれ開業し、これらを発展させたものとして、昭和四年四月一八日「阪急百貨店」を開業した。他方、原告の電灯電力課は、戦前から池田、三国、園田等の阪急沿線地域に「阪急電鉄電燈営業所」を設け、同所で電球、ランプ、電気アイロン、井戸の水揚げ用家庭用自動ポンプ等の電気器具を販売する一方、電気工事の設計施工を行ない、これらの宣伝広告のため、阪急沿線に「阪急電鉄電燈電力課」の名称を大きく付記した立看板等を設置していた。原告は、この他にも、昭和一一年にプロ野球球団である大阪阪急協会(後の阪急ブレーブス)を設立したり、阪急会館で映画興業を始めるなど、戦前から多種多様な事業を行なっており、戦後になっても、昭和二五年に阪急交通社を設立し、航空業務の取扱を始め、昭和二六年八月一〇日には阪急航空ビルを増築した。(〈書証番号略〉)

右事実によれば、被告が被告会社を設立し被告表示の使用を開始した昭和二六年九月前には、原告表示「阪急」は、原告の商号「阪神急行電鉄株式会社」(昭和一八年九月まで)又は「京阪神急行電鉄株式会社」(昭和一八年一〇月から昭和四八年四月まで。〈書証番号略〉)の略称として著名になっていたとともに、多角的経営を行う会社という原告のイメージも一般に定着していたことが認められるから、原告表示が原告の営業を示すものとして広く認識される前から、被告が自己の営業表示として被告表示を使用していたということは到底できない。

(二) 被告は、当時の阪急百貨店の電気主任技術者高月の助言に従って被告表示の使用を開始したと主張するが、昭和二六年九月当時、阪急百貨店に高月という名の電気工事の責任者(当時は電力係主任又は電業係主任と称していた。)が実在したかどうかは定かでなく(証人糸川)、また、仮に、被告が高月なる電力係主任の勧めに従って「阪急電機」という名称を使用したのが事実であるとしても、同人が原告表示の使用を他人に許諾する権限を有していたとは認められないから、右被告主張は失当というほかない。

三争点3(本訴差止請求権は失効したか)

1  当事者の主張

(被告)

被告は、昭和二六年九月一九日の設立以来、一貫して被告商号及び被告表示を使用して営業活動をしてきたが、原告は、本訴提起直前に被告に内容証明郵便を送付し、被告代表者に原告代理人事務所への出頭を求めるまでは、約四〇年間という長期にわたり、右使用に関し、被告に対して何の申入れもしたことはない。

被告は、原告が権利行使をしなかった約四〇年の間に、創業者である繁次を中心に自らの努力と費用をもって今日の顧客を獲得し、信用を築き上げてきたのであるから、仮に原告に不当競争防止法に基づく本訴差止請求権が生じていたとしても、現在では、原告から右差止請求権を行使されないことにつき正当な信頼が生じており、原告は、最早、被告に対し、被告商号及び被告表示の使用停止等を要求することはできない。

(原告)

(一) 原告が被告商号及び被告表示の使用を知ったのは、平成二年一〇月ころ、原告社員が都市研究会の機関紙「まりーごーるど」(〈書証番号略〉)に被告の社名広告が掲載されているのを偶然発見し、原告総務部に通報してきたのが最初である。原告は、それ以前は被告が被告商号及び被告表示を使用していることを知らず、右了知後の平成三年一月二四日、被告に対して原告表示の使用停止を求める旨の内容証明郵便を送付して遅滞なく権利行使に着手した。

(二) 原告は、従前より、自社及び阪急グループの共通の営業表示である原告表示について充分な管理を行なっており、阪急グループ以外の会社に原告表示の使用を例外的に許す場合には極めて厳重な条件を付し、かつ、それを書面上で明確にしたうえでこれを許諾しており、また、阪急グループ以外の会社が原告表示を商号又は営業表示として不正使用していることを確知した場合には、警告・訴訟等の方法によりその使用差止を行なっており、原告表示の不正使用を差し止めた事例は既に一二〇件を下らない。

しかし、従前サービスマーク登録制度がなかったことや、阪急グループの著名性及び「阪急」という名称のイメージの良さから、原告表示を無断使用する例は跡を絶たず、原告を中心とする阪急グループの努力にかかわらずこれを完全に阻止するには至っておらず、特に、被告のように比較的小規模な営業を行ない、広告宣伝も余り行なっていない会社については、その無断使用の事実を発見することは極めて困難である。

(三) 原告表示のような著名表示であっても、無断使用者の使用を放置すれば自他識別力が低下し、その価値が毀損されることは明らかである。

2  判断

権利者が長期間権利を行使しないことから、義務者が最早自分に対する権利行使がされないものと信頼し、また、客観的にもそう信頼すべき正当の事由がある場合において、その後に至って権利者が権利を行使し、義務者に対して義務の履行を求めることが、信義誠実の原則に反する特段の事由に該当し、権利が失効したものとして許されなくなる事例があることを否定することはできないけれども、本訴差止請求権については、以下に述べるとおり、右に該当するとは到底認められない。

すなわち、証拠(証人糸川)及び弁論の全趣旨によれば、原告総務部法務部門は、阪急グループの代表として、同グループ共通の営業表示たる原告表示の管理業務を行なっており、もし、阪急グループ以外の会社が原告表示を不正使用していることが発見された場合には、右不正使用者に対し、随時、警告・訴訟等の方法により表示の使用停止を求めていること、原告は、これまでに警告によって約一一〇件、訴訟を提起することによって約三〇件の事例について原告表示の不正使用を差し止めてきたが、右のような厳しい措置にもかかわらず無断不正使用は跡を絶たず、原告表示の無断不正使用を完全に阻止することは極めて困難であることが認められる。

右事情に加え、被告が資本金四〇〇万円という比較的小規模な会社であり、伊丹市の電話帳に「阪急電機株式会社」の名称で電話番号を掲載等している他は、広範囲の広告宣伝活動をしていないことを考慮すれば、原告が平成二年一〇月ころ被告の社名広告が掲載された都市研究会の機関紙「まりーごーるど」に接するまで、約四〇年間にわたり被告が被告商号及び被告表示を使用していたことに気付かなかったこと(〈書証番号略〉、証人糸川、弁論の全趣旨)にも無理からぬところがあり、これが原告の懈怠に基づくものとまではいえないうえ、本件全証拠によっても、被告側に、原告との間で被告商号及び被告表示の使用について何らかの決着がついていると信ずるのが当然と考えられるような事情も認められない。

以上の事実関係の下においては、例え、原告が被告に対し約四〇年間にわたり本訴差止請求権を行使しなかったとしても、右差止請求権が失効したと認めることはできない。

四損害賠償請求

【故意・過失の有無】

被告が設立された昭和二六年九月以前には、既に原告表示が原告の営業を示すものとして広く認識されていたことは前記のとおりであるから、当時、被告には、原告表示と類似する被告商号及び被告表示を自己の営業表示として使用することにより、原告の営業との間で誤認、混同を生じるおそれがあると認識することが可能であり、少なくとも、被告表示の使用について過失があったと認めざるを得ない。

【損害額】

1 当事者の主張

(原告)

被告は、被告表示を使用して、一年間に少なくとも約二億四〇〇〇万円を下らない売上げを上げ、また、同社の利益率は少なくとも一〇パーセント以上と推測されるから、本訴提起からさかのぼって三年間に限っても少なくとも合計七二〇〇万円以上の利益を得ている。右被告行為により原告が被った営業上の損害は、被告が得た右利益額七二〇〇万円と同額と推定されるべきである。

仮にしからずとしても、この種表示の許諾については、売上額の五パーセントの使用許諾料の支払が相当であるから、原告がその使用を許諾した場合に受けることができる最近三年間の使用許諾額は三六〇〇万円を下らない。したがって、少なくとも原告は右被告行為により右と同額の営業上の損害を被ったものというべきである。

(被告)

被告が相当の利益を得ているのは、被告が創業者以来何十年もの努力によって築き上げてきた技術と信用によるものであり、原告表示と類似する被告商号及び被告表示を使用することによって利益を得ているのではない。原告は、被告が被告商号及び被告表示を使用することにより何らの損害も被っていない。

2 判断

被告は伊丹市周辺の公共団体及び機械製造会社、酒造会社等を顧客とする中小規模の電機工事会社であること、他方、阪急グループに属する阪急電気工事は阪急グループ企業、官公庁、関西電力株式会社等を顧客としており、現在までのところ、被告との間で特定の顧客先で直接的具体的な競合関係を生じた事例はないことは前記のとおりであり、右事情に加え、これまで、原告及び阪急グループ企業と被告の間では、約四〇年間という長期間にわたり、原告及び阪急グループ企業が被告の存在自体に気付かなかった程営業面で競業が生じていなかったことを考慮すると、結局、本件全証拠によっても、被告が被告商号及び被告表示を使用したことによって、原告又は阪急グループに現実の営業上の損害が発生したことを認めることはできない(被告の平成三年度における課税所得は一億一〇〇〇万円、平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの売上高は七億四七六五万三〇〇〇円である〔〈書証番号略〉〕が、右利益は専ら被告の経営努力により取得されたものであり、被告が原告表示と類似する被告商号及び被告表示を使用したこととは因果関係がないと認めるのが相当である)。

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、被告表示の使用停止及び被告商号の抹消登記手続を求める限度で理由があるが、その余の部分については理由がない。

(裁判長裁判官庵前重和 裁判官小澤一郎 裁判官阿多麻子)

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